真心

旅に出ると良く「男らしいね」と言われる。
きっとそれは荷物が少ないから。
少しの着替えと財布とケータイと音楽があればOK。
ガスを満タンにして、さあ出かけよう(もちろん自分で運転)。


日田にある農家レストランのはしり「木花ガルテン」でランチ。
その後、九州国立博物館にも使用された「小国杉」の製材の様子を見学。
こういう社会見学っぽいことは大好き。
最近、住宅を建てる際にも施主が材木から選ぶことは珍しくないらしい。
九州では乾燥材が一般的ではないため、関西以東へ出荷することが多いらしい。
なんかもったいないな。
施主は青写真を広げながら材木の相談をしていた。


夜、メインイベント。
そもそもこの旅は、一週間前にあたしに向かって投げかけられた
「佐藤さんに会わせてやる」という一言から始まった。
熊本の小国町にある「林檎の樹」というレストランの経営者である佐藤さんに、
あたしはずっと会ってみたかった。
だから「行きます」と即答した。


小国はほんとに田舎なんだけど、近くにある黒川温泉の人気にも乗っかって
今やちょっと有名な農村観光地になっている。
林檎の樹はその中でも「外せない」スポットとして有名。


林檎の樹の隣に3年前にオープンした「真心(シンシン)」という
タイレストランがある。
このレストランは、佐藤さんのこだわりがつまったレストランだ。
建造物自体は古民家だが、床板や壁や調度品などの内装の全ては
タイで作らせた特注品。
床板1枚1枚にはりんごが手彫りしてあるこだわりよう。
タイのシェラトンのシェフを呼び寄せ、もちろん味も超一流。
タイの大使をして「日本で最高のタイレストラン」と言わしめた店だ。
ソムタムとグリーンカレーが特においしかった。


でも、あたし達が訪れた次の日に、真心は閉店することが決まっていた。
色々理由はあったのだろうが、佐藤さんの話を聞いていて一番感じたのは
「(こんな田舎で商売するなら)本格的すぎるとダメ」という理由。
こんな田舎にこんなレストランがあるのが楽しいのだが、それでは
なかなかペイしないんだろう。東京だと大成功だろうなー。


イギリスにはインディアンレストランがいっぱいある。
しかも割と本格的な料理を出すところが多いと思う。
それは、裏を返せば、イギリス人が外の文化と自分達の文化を
そうそう融合させることを望まない、好まないからだと思う。


日本人は違う。すぐにカレーうどんとか作っちゃうし、それがウケる。
もう一度ひっくり返すと、これは融合文化が好きだし、得意だということ?


「とても辛いし、なんか生臭いし、たまに甘い」
真面目にタイフードを提供し続けると、日本人(特に田舎の)はこういう
感想を持ちがちなのだという。
あたしも田舎者だけど、タイフードは大好きなんだけどね。
タイで「タイ人になれますよ!」と言われたくらい。


食後、VIPルームに通される。
ジム・トンプソンの下請けから独立したというタイのデザイナー作の
ソファ(現地価格で1脚22万円!)に座り、職人が1年半かけて彫ったという
彫刻を眺めながら、エスプレッソをいただきつつ、佐藤さんと話す。
あんまり詳しくは書かないけど、本当に興味深い話のオンパレード。


開店時から毎月欠かさず通っているという男性の常連客が、
焼酎グラス片手に私達のグループに近づいてきた。


「俺はこんな店やるオーナーはバカだと思うんだよ。ほんと道楽者だよ。
でも、俺はこの店がなくなったら本当に寂しくてたまらないんだよ」
既に視点が定まらないほど酔った彼は、佐藤さんに向かって言葉を吐いた。
佐藤さんは、下を向いて少し微笑んで、でも何も言わなかった。


明日閉店するというレストランは、なんとなくひっそりとしていて、
やっぱりため息をついちゃうくらいの寂寥感が漂っていた。


おみやげにアップルパイを持たされる。
リニューアルしたらまた来ます。



トイレは有田焼。1つ100万円也。